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インドでなぜ輪廻思想が生まれたのか

 インド人は、当初から輪廻思想を持っていたわけではなく、当初は
「死後に天界へ行き永遠に安楽に生きる」という思想が見られます。
だから、あまり死んだ後のことは心配していなかったようです。
今でいえば、死んだ後は極楽浄土に往き、安らかに暮らせると
信じているようなものでしょうか。

 しかしそうだとすると、この世では次々と人が生まれていきますから、
そのうち天界は死んだ人で満杯になってしまうのではないか、という
疑問が出てきます。

なぜ天界は死んだ人で満杯にならないのか? ということを考えていくと、
どうも単純に、すべての人が死後に天界で永遠に安楽に生きるとは、
言えなくなってきます。

 そこからいろいろな思想が生まれてきます。天界に生まれ変わっても、
永遠に生きるのではなく、またそこで死ぬのではないかという恐れも
生まれてきます。再死を恐れるようになるわけです。

天界で死んだら、次はどうなるのかと考えていくと、天界で死んだ後、
またこの世に戻ってくるという考えも出てきました。
つまり輪廻的な思想が生まれてくるわけです。

輪廻的な思想が生まれてくると、人々は、再死を恐れ涅槃
(永遠の安楽の場所)を求めるようになります。
そのような流れの中で、死後の行き先は生前の行いによって決まるという
因果応報の思想も浸透していきます。

仏教の輪廻思想は、このような思想の流れの中で生まれてきたようです。
仏教では天界の存在はそのまま認めています。
死んだら天界に生まれ変わります。
ただし善き行い、善き心を持った人だけです。

天界に生まれ変わっても、また死ぬかもしれないので、
覚りを得た人は、涅槃に往き、二度と死なないとしました。
ですから、涅槃に往くことを、「不死を得る」と言います。

ブッダの覚りは、
「人生は苦である。覚った人は苦であるこの世界に二度と生まれない。」
と表現されることがあります。

これは、「人生には楽しいこともある」と考える人から、
「仏教は暗い。私はまた生まれ変わりたい。」
と拒否されることがあります。

しかし、人々が涅槃に求めたものは、再死を恐れ不死を得ることだとしたら、
当時の人々がブッダの思想を受け入れた理由も、
納得いくのではないでしょうか?

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