仏教の思想的・宗教的特色(仏教興起以前および同時代の宗教・思想と対比)
仏教興起以前のアーリヤ人は、当初から輪廻思想を持っていたわけではなく、初期には「死後に天界へ行き永遠に安楽に生きる」という思想が見られる。その後天界での存在様相に関心が高まり、天界での死(再死)を恐れる思想が生まれ、再死を恐れ涅槃を求める「輪廻と解脱」の思想が発達する。そのような流れの中で、死後の行き先は生前の行いによって決まるという因果応報の思想も浸透していく。
またアーリヤ人は、ブラフマンを中心とする世界観を発展させていく。ブラフマンは元々「ロゴス」や「力」という意味を持つ言葉であるが、やがて宇宙の源として最も神聖な究極不変の存在として扱われていく。ブラフマンとアートマンが、その本質において同一であるとする梵我一如の思想は、インドの代表的な思想となる。
ブッダが誕生した頃のインド社会は、部族中心の社会からアーリヤ人を中心とする都市国家への移行時期でもある。釈迦族も先住民族のひとつであり、最終的には大国コーサラに滅ぼされている。このような社会変革の時代は、ブッダだけでなく、ジャイナ教など多数の自由思想を生み出した。
このような状況の中、出家したブッダは、当時の出家者が行っている瞑想や苦行では覚りは得られないと判断し、中道の大切さを説いた。ブッダは覚りを得た時、その法を説くことをためらい、梵天勧請により他人に法を説くことを決意する。このことから、ブッダは自分の得た覚りが、広く大衆に受け入れられるものではなく、ある程度限られた人を対象にしたものと考えていたことが分かる。
ブッダは幾度かの説法に失敗した後、苦行を共にした5人の比丘の説法に成功する。その時の教えが「四聖諦」であると伝えられる。「四聖諦」は、ブッダの教えの根本になるものであり、苦諦・集諦・滅諦・道諦という4種の真理のことである。苦諦は生存は苦であるという真理であり、それは生老病死に代表される。集諦は苦の生起する原因についての真理であり、滅諦は苦の止滅についての真理、道諦は苦の止滅に到る道についての真理である。
ブッダはこの真理の道を12因縁という形で表し、此縁性でもって、苦の死滅・涅槃への道を論理的に証明をしている。すなわち、「これがあるときかれが成立し、これが滅するときかれが滅する」という因果論により、苦の根本原因である無明を滅するとき苦も滅することを明らかにした。12因縁は後世の作との見解もあるが、少なくとも苦の根本原因を無明とすることは、ブッダの直説であると考えられる。それゆえにブッダは、禅定の境地を究極の目標にするのではなく、智慧による観察を主要な修行法としている。後世「戒定慧」とまとめられた三学も、これを引き継いでいる。
修行の基本は、八正道の形でまとめられている。①正見、②正思③正語、④正業、⑤正命、⑥正精進、⑦正念、⑧正定の8つの道であり、戒定慧の三学もこの中に含まれている。
またブッダは、人を見て法を説き、相手に相応しい修行法を指導していた。その中で入出息念(アーナパーナサティ)は、学修中の比丘にも阿羅漢にも広く薦められた修行法である。入出息念は、智慧による観察の瞑想であり、やがて四念処という形でまとめられ、テーラワーダ仏教のヴィパッサナー瞑想や、大乗仏教の止観に引き継がれていく。
ブッダはこのように、苦を滅する道について法を説いたが、あくまでも経験論の立場を堅持し、形而上学的な問題に対しては、無記を貫いた。ブッダは、「世界は常住か無常か」「霊魂と身体は同一か別異か」「如来は死後に存在するのかしないのか,存在しかつ非存在なのか、存在もせず非存在でもないのか」などを無記としている。
仏教の主要な思想である無我論では、ブッダは当時のウパニシャッド哲学に反対し、我(アートマン)は存在しないと主張したとする。そのため、輪廻する主体について常に疑問が投げかけられることとなる。しかし無記の内容から考えても、ブッダが「我(アートマン)は存在しない」と明言したとは考えられない。ブッダは、我(アートマン)の実在については語らず、その上で、修行の道として「自己を拠り所にせよ」と教えられた。
ブッダは、あるがままに観る智慧によりすべての執着から離れ、この世に再び生まれることがなくなり、不死を得た。ブッダはその道を示され、その道を自分自身で歩めと言われた。その実践こそがブッダの教えの最も大切なところであると考える。
注) ブッダは先住民族という説や、アーリヤ人説、先住民とアーリヤ人の混血説などがある。
【 橋本 文隆 】
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