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はじめに

 平安時代の始め、空海は日本の文化や思想に大きな影響を与えることとなる「真言密教」という新たな仏教を創造しました。それは約2,500年前に誕生したブッダの思想を源流とし、大乗仏教の発展過程を引き継ぎながらも、空海独自の世界観と構造を持っています。
 日本の文化や思想の発展に大きな影響を与えた空海の思想は、現代の視点から見たときに、また新たな魅力を見せてくれます。それは空海の思想のなかに、現代に通じるものが数多く存在するからだと思います。
 仏教は「宗教」という枠組みのなかで語られることが多いのですが、仏教には、「哲学」、「心理学」、「修行法(ヨーガ等)」、「芸術」など多用な側面が存在します。宗教や信仰という枠組みを外し、多様な視点から空海の思想に迫るとき、それは平安時代という古代日本に留まるものではなく、今この時に活きる思想として私たちの眼の前に現れてきます。

 空海の思想を現代の思想として語るとき、コミュニケーション心理学の理論と実践は大きな力となります。コミュニケーション心理学の実践は、ブリーフセラピー(短期療法)と呼ばれる心理療法のなかで発展してきました。ブリーフセラピーは、20世紀後半に誕生した歴史の浅い心理療法であり、歴史と伝統のある空海(真言密教)とは背景が大きく異なります。ブリーフセラピーは理論的にも実践(臨床)的にも発展途上にあり、新しい流派や技法が次々と誕生している状況にあります。
 しかし、家族療法、SFA(ソリューション・フォーカスト・アプローチ)、ナラティブセラピー、NLPなどのブリーフセラピーと、その背景となる理論であるコミュニケーション論やシステム論に焦点をあてるとき、空海の思想との不思議な共通点が浮かび上がってきます。
 この書では、空海とコミュニケーション心理学(ブリーフセラピー)を比較していきながら、両者へのより深い理解を提供することを目的としています。同時にそのことが、読者ひとりひとりの人生にとって、有意義な思想となり実践につながることを願っています。

本書の全体構成
 まず序章では、「仏教は宗教なのか?」と題して、この書における仏教の位置づけについて述べています。仏教は2,500年におよぶ歴史のなかで、非常に多様で複雑な体系を持つものになっています。したがって一口に「仏教」といっても、その意味するところは取り上げる人によってかなり異なってきます。そのため、まずこの書における仏教像を記述することとしました。

 第1章では、仏教と心理学・心理療法の関係を理解するために、仏教と心理療法の協同的関係を中心に、いくつかの活動を紹介しています。仏教と心理療法をまったくかけ離れたものとして捉えている人も多いと思いますが、決して無関係なものではないということが分かっていただけると思います。
 第2章~第4章は、歴史、思想、技法の3つの観点から、空海(真言密教)とブリーフセラピー(コミュニケーション心理学)を比較しています。密教やブリーフセラピーを専門としない人にも理解できるように、基本的なことから記述していくように心がけました。
 第5章は、空海(真言密教)とブリーフセラピーの比較を通じて得られた知見を元に、未来に向けた提言を行っています。密教的生き方、スピリチュアルな生き方というものを、空海の思想とグレゴリー・ベイトソンなどのコミュニケーション論を踏まえて考えてみました。

 記述に際しては、仏教と心理療法双方の関係者を念頭に置いています。そのために専門家の立場からは基本的すぎると思われることも、あえて記述しているところがあります。専門外の読者が理解しやすいように、記述が一部重複しているところもありますので、ご了承願います。
 記述のなかには、ブッダとカタカナ表記しているところと、仏陀や釈尊と表記しているところがあります。明確には区分できませんが、歴史的あるいは学問的文脈では「ブッダ」、宗教的文脈では仏陀や釈尊と記述することを基本としています。同様に歴史的あるいは学問的文脈では「空海」、宗教的文脈では「お大師さま」という表現を用いるようにしました。

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