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第1章 仏教と心理学

 ブリーフセラピー(コミュニケーション心理学)と空海(真言密教)との関係に言及した研究は、ほとんど眼にすることはありません。しかし、心理学・心理療法と仏教との関係に関して探してみると、さまざまな研究や活動を見つけることができます。
 この章では、仏教との関係が見受けられる心理学や心理療法を、いくつかご紹介します。仏教と心理学が決して相容れないものではないことが、お分かりいただけると思います。

1.ユング心理学と仏教

 フロイトとともに夢や深層心理を研究していたユングは、意識と無意識を区別し、無意識のなかに個人的無意識と集合的無意識(普遍的無意識)を見いだしていきます。一方、大乗仏教・唯識派では、通常では人が意識していない末那(まな)識や阿頼耶(あらや)識という意識の存在を想定しています。初期仏教の時代から伝えられてきた眼(げん)・耳(に)・鼻(び)・舌(ぜつ)・身(しん)・意(い)の六つの識に加え、唯識派では、第七識として、自我執着心である末那(まな)識、第八識として、一切諸法を生みだす根源的な心としての阿頼耶(あらや)識を想定します。

 末那識・阿頼耶識と、ユングの想定する個人的無意識・集合的無意識は、必ずしも同一の内容ではありませんが、意識の下に個人レベルの潜在意識があり、そのさらに下に普遍的な潜在意識を想定する点においては共通しています。

 ユングは、禅やヨーガを西洋社会に紹介することも積極的に行なっています。『クンダリニー・ヨーガの心理学』には、クンダリニー・ヨーガを心理学の観点から講義した模様が収められており、ユングがチャクラと深層心理の関係に注目していたことが分かります。
 禅に関しては、鈴木大拙氏の『禅仏教入門』[i]の独訳に序文を書き、次のように述べています。

「これは『悟りの内容』について多くをわれわれに教えてくれる。悟りの生じることは自我という形で限定された意識による、非自我としての自己へのブレイクスルーとして解釈され、また、公式化される。このような観点は、禅に対するのみならず、マイスター・エックハルトの神秘主義にも適合される」。(河合隼雄訳)

 このようにユングは、西洋的価値観や思想を手放すことなく、しかし仏教を中心とする東洋思想に強い関心を示し、新たな心理学を構築していったのです。
 ユングの思想は、心理学の範疇を超え、科学的には証明できない話も数多く見られますが、しかしそれはユングの価値を低めるものではなく、豊かな構想を描き出す、ユングの魅力となっているように思われます。

2.認知行動療法とマインドフルネス瞑想

 認知行動療法は、行動心理学や認知心理学をベースに考えられた心理療法であり、現在最も広く認知されている心理療法のひとつです。
 行動療法は、パブロフの犬に代表されるように、心と行動を結びつけます。行動という観測可能な現象を対象にするため、心理学が求める統計データを収集しやすく、データに基づく理論化が進んでいます。
 さらに、人の認知のあり方が心に影響を及ぼすことを踏まえて、不適切な認知を適切な認知に修正していく認知療法が組み合わされ、認知行動療法として活用されています。
 このように心理学界のみならず医療の現場などでも比較的評価の高い認知行動療法ですが、瞑想と組み合わせることにより、さらに高い効果を発揮するという報告があります。
 Z.V.シーガル達は、認知行動療法とマインドフルネス瞑想(ヴィパッサナー瞑想[ii])を組み合わせた心理療法を実践し、その効果を報告しています。彼らが「マインドフルネス認知療法(MBCT)」と呼ぶプログラムの臨床研究によれば、3回以上の大うつ病を経験した患者に「MBCT」を実施した場合、うつの再燃率が66%から37%に低下しています。瞑想と治療との関係については、多数の報告がありますが、本研究は、マインドフルネス瞑想(観察型瞑想)の、うつに対する影響を示唆する貴重なデータを提供しています。[iii]

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[i] 原著は An Introduction to Zen Buddhism, 1934.(英文)
[ii] 仏教瞑想のひとつで、ミャンマー(ビルマ)などを中心に発展してきた。禅とともに世界的に有名な仏教瞑想である。
[iii] 『マインドフルネス認知療法』p.260–264 

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