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第4章技法編 密教の技法 1

 仏教では具体的な手法ややり方を方便といいます。三句の法門に「方便をもって究竟とす」とあるように、密教において方便は究極的に重要なものです。
 空海が日々どのような方便を駆使していたのかは、今となっては分かりませんが、真言密教には人びとを癒し力づけるさまざまな方法が伝えられています。
 ここでは、密教の世界で行われている手法の心理療法的考察と、ブリーフセラピー諸流派で行われている手法の密教的考察の両面からアプローチします。

Ⅰ.密教の技法 - 心理療法の観点から
1.三密加持


 『即身成仏義』に「三密加持して速疾に顕わる」とあるように、三密加持は仏(覚り)の世界をこの身心に現す思想であり、同時に実践でもあります。人の心の本質に仏性を見、即身成仏(この身このままで仏である)と考える密教において、そのこと(自身が仏であること)を、この身に現すものこそ三密加持です。
 したがって三密加持は、(少なくとも理念的には)真言密教のあらゆる修行法、実践法に存在していることになります。

 行法としての三密加持は、「身口意」すなわち身体(動作)・言葉・心の三密を、仏と同一とする行になります。技法的には、手に印を結び(身)、口に真言を唱え(口)、心に仏を観想します(意)。印・真言・観想の三者が一体となる行により、自身が仏として存在することとなるわけです。密教には多様な仏が存在しますが、各々の仏ごとに印・真言・観想が決まっています。

 三密加持の行法が深まっていくと、印と真言と観想が密接につながり統合化されるようになります。そのように行が深まった状態では、印や真言は単なる手の形や言葉ではなく、まさに仏そのものを現すこととなります。印は仏であり、真言は仏であり、仏の観想と一体となり、この身心に仏を感じるようになります。

 真言密教にはさまざまな行法が伝えられていますが、その基本となるところはすべてこの三密加持にあります。行法を行う壇に仏を迎えいれ、その仏そのものとなるのです。

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